【1996阪神大賞典】平成の名勝負! ナリタブライアンVSマヤノトップガン

 

【高画質】

 

1996年の阪神大賞典は、1995年度JRA賞年度代表馬であるマヤノトップガンと、1994年度年度代表馬のナリタブライアンの年度代表馬対決となりました。

ナリタブライアンは前前年度に三冠を達成したものの、翌年春の怪我からの復帰後は精彩を欠くレースが続いており後がない状況。一方、前年秋に本格化したマヤノトップガンは、菊花賞、有馬記念と連勝。天皇賞・春を前に、現役最強と目される2頭の対決は競馬ファンの大きな注目を集めました。

同年の阪神大賞典は土曜日開催であったにもかかわらず、当日の阪神競馬場入場者数は、土曜日としては異例の59896名を記録したことからも、競馬ファンのこのレースへの期待値が窺い知れます。

肝心のレースの方はスティールキャストが先手を取り、レースはスローペースで推移します。第3コーナーでマヤノトップガン鞍上田原成貴の手が動き早々と先頭に立つと、マヤノトップガンのロングスパートに合わせて武豊鞍上のナリタブライアンがすかさず追走を開始。動画を観てもらうとわかると思いますが、2頭の動き出しに合わせて観衆からどよめきが起こります。第4コーナー手前で2頭が競り合う形となり、期待に違わず2頭のマッチレースとなり、観衆のどよめきは大歓声へと変わっていきます。

そのままゴールまで約400mにわたって他馬を引き離したまま互いに譲らず、最後はナリタブライアンが頭差でマヤノトップガンを退け、3着のルイボスゴールドまで9馬身の差をつけていました。

土曜日開催のGIIであるにもかかわらず、しばしば競馬史上の名勝負の1つに挙げられる第44回阪神大賞典ですが、マヤノトップガンに騎乗した田原成貴は、「もしブライアンが本調子であれば、トップガンはスタンドまで吹っ飛ばされていたよ」と語っています。また、ナリタブライアン騎乗の武豊騎手は、「僕が乗った時のブライアンは本気で走ってないのは手綱を通してわかった」とコメントしており、どちらも「ナリタブライアンは本調子とは程遠かった」という印象を持ったようです。

また競馬評論家の大川慶次郎氏が、「あのレースを 名勝負というのはナリタブライアンを知らない人」と語っているように、あくまで天皇賞・春の前哨戦であり、ナリタブライアンが本調子ではなかったこのレースは「名勝負とはいえない」という論調の意見も多いようです。

このレースをどう受け取るかは人それぞれですが、今動画で見ても熱さの伝わってくるレースであることは間違いないですね。

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